大震災から10年どう生きてきましたか?思わず涙、自分のシゴトを息子が理解してくれる感動

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起業を選択する人に
未来の鍵を手渡す
MYビジネスプロデューサー
長瀬葉弓です。
 

自分の起業物語を

息子が
理解してくれる
感動をシェアさせてください。

思わず涙してしまいました。

息子の感想.jpg

わたしがどんなシゴトをしているのか
ふたりの我が子たちには

伝えずにいたのですが、

試しに読ませたところ、
「ママ1億円なの?」


と目が¥マークになってニコっと
していました。

「5000円のゲームが
2万個買えるじゃん!」

と言うあたりまでは、
可愛らしかったのですが、、、

思わず涙が出そうになった
のはこの一言です。

「ああ、あったね、ママの顔の半分だけ麻痺したの。 あのときスカイプしたの覚えてる。 」

10年前の
2011年3月の
起業直後の様子の部分を
読んだのです。

当時は、まったく稼げずに
家計は
瀕死状態
でした。

人生はじめての自己投資、

師との契約に
52万5000円を振り込んだばかりでした。
 

自己投資をして
まったく稼げない状況に、

わたしは
ストレスで
顔面神経麻痺になり
慈恵病院に入院をしてしまいます。

そのころはちょうど

東北大震災の影響で
我が家は停電を繰り返し
食事もあまり調達できない頃です。

そんな中、
わたしの入院手続きや
着替えの洗濯など、

家族に余計な負担を
かけてしまっていました。

幸いにも震災の被害は
何もありませんでしたが

テレビで大変な映像が流れる中

わたしは
子供達のそばにいて

あげることが
できませんでした。

 
ひどい親です。

10年たった今だから
やっと打ち明けられます。

病院からスカイプで1日10分だけ
子供達と会うことができました。

まるでゾンビのような顔をしたわたしと
毎日カメラ付きスカイプをしていました。

そのころのことを今は、
「ああ、あったね」と
笑っていてくれるのです。

わたしの目標は
「子どもたちの記憶に残る親となること」
と書いたところについては、

「逆に記憶に残らない親だったらやばいよって思う。

そんなことあるわけないじゃん!


生まれてからずっと一緒にいるんだから!」

と反論するように言ってくれました。

 

息子が親の背中を
ちゃんと見ていてくれることは

 
 
本当に尊くて、
ありがたいことだと思います。(涙)
 

起業して良かったです。

 
2人の子持ちで共働き
年収500万の平凡なサラリーマンという

ゼロからのわたしが

どうして
 
 
こんな結果を作ることができたのか?

 
 

ゼロからできた理由を
わたしに会いに来る人には

惜しみなく公開しますので
お楽しみに!!!

コロナ禍でも
絶対に大丈夫です!!